三菱商事が洋上風力事業から撤退「建設費高騰」による採算性の壁

ビジネス

監修者・竹村 直浩

会計事務所での経験を基にキャリアを開始。
約30年間にわたり、データベースマーケティング、金融、起業、BPO業務、新規事業立案に従事。
資金調達や財務管理にも精通し、現在は自ら代表を務める会社を経営しながら、経営管理や新規事業立案の業務委託も請け負う。

三菱商事と中部電力の関連会社が進めていた洋上風力発電事業からの撤退が明らかになりました。秋田県と千葉県の3海域で進められていたプロジェクトは、建設費の急騰や円安の影響により、完成後も費用を回収できないと判断されたことが背景です。政府が期待を寄せる再生可能エネルギーの柱である洋上風力での撤退は、今後の政策全体に波紋を広げることが避けられません。

三菱商事と中部電力が撤退を決めた背景

三菱商事と中部電力のグループ会社は、国の2021年公募で落札した3海域の洋上風力事業を進めていました。計画地は千葉県銚子市沖、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、同県由利本荘市沖で、当初は2028年から2030年の運転開始を見込んでいました。

落札の決め手は、提示した売電価格が1キロワット時あたり11.99円〜16.49円と低価格であったことです。これは政府の想定よりも安く、競争において優位に働きました。しかし、この水準では世界的なコスト上昇局面に耐えられず、結果的に採算性を損なうことになりました。

さらに、ウクライナ危機によるエネルギー価格高騰、資材供給の不安定化、円安の進行が重なり、事業性の再評価が行われました。その結果、三菱商事と中部電力は撤退を選ばざるを得ませんでした。


建設費高騰と減損損失の影響

当初1兆円規模とされていた建設費は、最終的に2兆円以上に膨張する見通しとなりました。建設資材の高騰に加え、海上工事の難易度がコスト増を招きました。

三菱商事は524億円の減損損失を計上し、中部電力も356億円を見込みました。企業にとって再生可能エネルギー事業は成長分野である一方、投資回収の不確実性が高いことを示す事例となりました。

以下に損失規模をまとめます。

企業名減損損失額
三菱商事524億円
中部電力356億円
合計880億円

この損失規模は、企業の財務に影響を与えるだけでなく、投資家や市場関係者にも強い警鐘を鳴らしています。


エネルギー政策への影響と政府の対応

政府は「エネルギー基本計画」で、風力発電の割合を現在の1%から2040年までに4〜8%へ引き上げる目標を掲げています。その中でも洋上風力は中核的な電源と位置付けられ、各地で入札が進められてきました。

しかし今回の撤退により、予定していた発電容量の確保が難しくなる恐れが出ています。政府は撤退が決まった3海域を速やかに再公募するとしていますが、建設費の上昇や採算性の不透明さを前に、新規参入をためらう企業が出る可能性は高いと考えられます。

海外では政府が長期契約や補助制度を整え、企業が参入しやすい仕組みを整備しています。日本も同様の制度改革を進めなければ、国際競争において取り残される危険性があります。

以下に政府の掲げる洋上風力の目標と現状を整理します。

項目現状2040年目標
風力発電比率約1%4〜8%
洋上風力の役割実証・導入段階基幹電源の一角
政策手段FIT制度、公募方式制度改良・支援強化が必要

日本の洋上風力事業が直面する課題

日本の洋上風力には、欧州と異なる固有の課題が存在します。

  • 台風などの自然災害リスク
  • 複雑な海底地形による基礎工事の難しさ
  • 地元漁業との調整や景観への配慮
  • 為替変動による輸入資材コスト増

これらの課題は、単なる技術力だけでは解決が難しく、制度設計や地域合意形成も不可欠です。

以下に欧州と日本の洋上風力環境を比較します。

項目欧州日本
自然条件比較的穏やかな海域台風・高波リスク大
海底地形平坦複雑でコスト増
事業制度長期契約・補助充実公募中心で採算不安定
社会合意進んでいる漁業・地域調整が課題

この比較から、日本で洋上風力を推進するには、単に海外のモデルを導入するのではなく、日本独自の条件に適合した制度と技術革新が必要であることが明らかです。


今後の見通しと持続可能なエネルギー戦略

今回の撤退を受け、政府と企業が取り組むべき課題は明確になっています。

  • 為替変動リスクの軽減策
  • 資材調達の安定化
  • 国産風車メーカーの育成
  • 金融支援の拡充

以下に今後必要とされる支援策の方向性を整理します。

課題必要な対応策
為替リスクヘッジ制度や補助金での補填
資材調達国産化・調達網の多様化
技術開発浮体式風力や新素材導入
金融支援長期融資や保証制度の拡大

これらを実行することで、企業は事業リスクを抑え、再び洋上風力に挑戦する環境が整います。再生可能エネルギーを基幹電源に育てるには、企業努力だけでなく国の制度的後押しが欠かせません。


まとめ

三菱商事と中部電力の撤退は、日本のエネルギー戦略にとって大きな試練です。建設費の急騰や為替変動に直面した結果、採算が取れず撤退を選んだ今回の事例は、他の事業者にも影響を与える可能性があります。

政府は再公募を行い、新たな事業者を募る方針ですが、条件を改善しなければ同じ失敗が繰り返されるでしょう。必要なのは、リスクを軽減する制度の整備と持続可能な事業環境づくりです。

洋上風力は依然として再生可能エネルギー拡大の鍵を握っています。今回の撤退を単なる挫折とせず、制度改善と技術革新につなげられるかどうかが、今後のエネルギー政策の成否を左右するといえます。