ヒューストンを日本語で「阿西亜尼亜」や「飛有棲屯」と漢字表記する理由とは? 明治から昭和にかけて使われた音訳の歴史

借用語

監修者・竹村 直浩

会計事務所での経験を基にキャリアを開始。
約30年間にわたり、データベースマーケティング、金融、起業、BPO業務、新規事業立案に従事。
資金調達や財務管理にも精通し、現在は自ら代表を務める会社を経営しながら、経営管理や新規事業立案の業務委託も請け負う。

現代の日本語では「ヒューストン」とカタカナで表記されますが、明治から昭和初期にかけては「阿西亜尼亜」や「飛有棲屯」と漢字で書かれることがありました。これらは漢字の意味ではなく、音を借りた表記です。本記事では、その背景を外国人にもわかりやすく解説します。

日本における外国地名の音訳文化

日本で外国地名を示すとき、現代のようにカタカナを使う習慣はすぐには根付いていませんでした。明治期の印刷物や新聞は漢字とひらがなが中心で、カタカナは補助的に使われるにすぎませんでした。そのため外国地名を日本語に取り入れる際には、漢字の音を借りる方法が広く用いられました。

この方法は中国式の音訳を参考にしています。中国では「巴里(パリ)」「倫敦(ロンドン)」「亜米利加(アメリカ)」のように外国名を漢字に置き換えていました。日本もこれを取り入れ、新聞や教科書に応用しました。

外国地名の初期音訳例

地名現代表記漢字音訳特徴
パリパリ巴里覚えやすく、視覚的にも整う
ロンドンロンドン倫敦中国経由で伝来
アメリカアメリカ亜米利加四文字で重厚感
ベルリンベルリン伯林意味ではなく音のみ反映

このように、当時は「見た目の整い」と「音の再現」が重視されました。


「阿西亜尼亜」と「飛有棲屯」の違い

ヒューストンの音訳には複数の候補が存在しました。代表的なものが「阿西亜尼亜」と「飛有棲屯」です。

表記読み特徴
阿西亜尼亜アシアニア(ヒューストニアに近い音)中国式の影響が強く、長めに音を写している
飛有棲屯ヒユーストン日本国内で考案された音訳。漢字の意味は不問で音だけを反映

「阿西亜尼亜」は中国語経由、「飛有棲屯」は日本独自と考えられています。どちらも漢字本来の意味ではなく、音を優先して構成された点が共通しています。


なぜカタカナではなく漢字を使ったのか

現代では「ヒューストン」とカタカナで書かれるのが一般的ですが、当時は漢字の方が主流でした。理由は三つあります。

  1. 中国文化の影響
    中国では外国名を漢字にするのが当然で、日本もこれを取り入れました。
  2. 漢字の権威性
    当時の新聞や地図では、漢字を使うと文章が格調高く見えると考えられました。
  3. 表記の統一
    読者が正しい発音を知らなくても「外国の地名」と直感できる利点がありました。

他都市の漢字表記との比較

ヒューストンに限らず、外国都市はほとんどが漢字で書かれていました。

都市現代表記漢字表記備考
ニューヨークニューヨーク紐育音を簡略化した表記
シカゴシカゴ芝加哥 / 志加吾複数の表記が並存
サンフランシスコサンフランシスコ三藩市短縮形で表記
ワシントンワシントン華盛頓中国経由で伝わる

特に「華盛頓(ワシントン)」のように、現在でも中国語では使われている音訳が残っています。


新聞や辞書に残る表記の痕跡

明治から大正期の新聞や地理書を調べると、ヒューストンが「飛有棲屯」と書かれている例が見つかります。辞書によっては同じ項目に二種類の表記を併記していることもありました。

表記揺れの事例

出典使用表記備考
明治期の地理辞典阿西亜尼亜中国式表記を採用
大正期の新聞飛有棲屯日本国内向けに簡略化
昭和初期の英和辞典両方を併記読者の混乱を避けるため

このように、表記が統一されないまま使われ続けたことがわかります。


現代で使われなくなった理由

今日では「ヒューストン」とカタカナで書くのが一般的です。その背景にはいくつかの要因があります。

  • 発音の推測が困難
    音訳漢字は読み方が直感的でなく、一般読者には難解でした。
  • カタカナの普及
    戦後教育の普及により、外国語表記はカタカナが基本となりました。
  • 国際交流の増加
    正しい発音に近い表記を求められるようになり、漢字音訳の必要性は消えました。
  • 新聞社や出版社の統一ルール
    外国地名はカタカナで表すと明文化され、以後一気に定着しました。

当時の人々にとっての利便性

一方で、当時の人々にとって漢字音訳は便利な工夫でもありました。

利点内容
視覚的な分かりやすさ漢字を見れば「外国地名」と理解できる
印刷上の統一感当時の新聞は縦書きが主流で、漢字で統一されている方が自然
権威性学術書や地図での使用により、信頼感を与えた

このように、当時の状況を考えれば漢字音訳は合理的な選択だったといえます。


まとめ

ヒューストンを「阿西亜尼亜」や「飛有棲屯」と表したのは、外国地名を漢字で音訳するという日本と中国の伝統的な書き方の一例です。意味を表すのではなく、音を移すために漢字を使ったものでした。現代ではカタカナ表記が主流となり姿を消しましたが、これらの表記は日本語が異文化をどう受け入れてきたかを示す貴重な証拠です。外国人にとっても、日本語の発展を理解する上で興味深い事例となるでしょう。